プロレス居酒屋がむしゃらの女将になって早11年  プロレスの『プ』の字も知らなかった私ですが今では一人前に語れるようにはなりました。最近はお店のことよりも趣味で始めた写真の記事の方が多いですが。。^^;


by gamushala
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早いもので11月でがむしゃらも10歳になります

思い起こせば…主27歳、私22歳でのSTARTでした^^;。。。

道のりは平坦ではございませんでした。。あれはかれこれ10年前(当然か)。。新婚ホヤホヤで専業主婦しながら趣味でも見つけ、子供は3人♪なんて甘い夢を見ていた私に突然付きつけられた主からの宣告…

『脱サラをしてプロレス居酒屋をするっ!!!!』

『。。。。。(だ ま さ れ た。。)』

まず一番先に父にどう報告したらいいか。。。が頭を過ぎりました^^;

サラリーマンをする前にすし屋で働いていた主だけが頼りで当時ニコニコ愛想笑い位しか出来なかった私はとにかく日々勉強でしたね^^;

おかげで10年経過した今では表では主を立て裏では主を操る敏腕女将もどきと変貌を遂げることができました♪♪


こうして今の私達があるのもひとえに永ーーーーーーく愛してくれています皆様のおかげでございます


そ ・ こ ・ で…(前置き長すぎましてすみません^^;) 


日ごろの感謝の気持ちをがむしゃららしく込めまして。。。


『プロレス居酒屋がむしゃら10周年記念パーティー』
~感謝の10年と新たなる挑戦~

を開催させていただきます


《日時》2010年11月22日(月)19:30~21:30

《会場》レストランARK(門司駅裏で徒歩2分)

《参加費》男性4500円、女性4000円(ビッフェ方式のみ放題つき)

《参加guest》アジャ・コング、尾崎魔弓、KAORU、広田さくら、輝優優、永島千佳世、澤宗紀、佐藤光留、その他



今回も沢山のレスラーの方がお祝いに駆けつけていただきます


がむしゃらのHistryを昔からご存知の方から最近しったよって方まで、プロレス大好きさんからプロレスのプの字も知らないよォさん迄、幅広い方が楽しめるPartyになると思いますので是非、皆さんのエントリーお待ちしております。



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by gamushala | 2010-09-30 16:08 | event

お別れ。。。

ご報告させていただきます。。。

肝臓がんが発覚し3ヶ月の闘病生活を終え...先日9月22日午後9時過ぎ享年76歳父は息を引き取り安らかに永眠しました


~9月22日~

朝仕事から戻った母は今まで見たことのない父ののたうち回る姿を目の当たりにしたそうです


驚き宥める母に父は

『騙したな。。。警察を呼べ。。。離婚だ。。。』と喘ぎながら訴えたそうです

余りの苦しみ様にすぐモルヒネを投与してもらい20分後一旦は落ち着いて眠りに着きました

今まで一番苦ししそうに喘いだ瞬間だったそうです、あの見開いた眼を今でも忘れられない。。。と


昼過ぎ駆け付けた時には薬が切れ掛かり父がまたもがき苦しみだした時でした

私達の手をしっかり握り苦しさを訴えているようです
二度目のモルヒネを投与するとこのままでは血圧が下がり亡くなるかも知れません。。。それをご了承頂けるなら、今すぐご家族を呼ばれて下さい!

母は今まで一日も休まずガンと闘ってきた父をもう楽にさせてあげたい一心でした、迷わず二度目のモルヒネを投与してもらいました

家族全員が揃い父に話しかけます

薄れ行く意識の中父は私達の問い掛けに必死に答えようとしています

『また皆でスキーに行こうね』『またカメラを教えてね』と言えばウンと小さく頷きます


『お父さん』と声掛ければ反応してくれます


私や姉や兄をわかるか?と聞くとウンと頷きます
『お母さんは?』と聞くと首を横に振りそして微笑みます。こんな時まで冗談を言っているようです

父は母校をこよなく愛していました、校歌をよくよく鼻歌していたので校歌を耳元で流すと微かに微笑み母校の名前を口にしました

ただ…『ゆっくり休んでね』や『お疲れ様。。。』には顔をしかめ首を横に振ります


それに答えれば死を認めてしまう。。。そう私達は感じました

必死に何か訴えるように私達に話しかけていました、何を伝えたかったのかわからなかったのが本当に悔しいです

死ぬ僅か迄本当に『生きよう』と必死に喘いだ父の姿をこの目に焼き付けました


段々反応も無くなり手も自ら握らなくなり昏睡状態に陥り顎で呼吸をするようになり。。。呼吸が乱れ…最後はゆっくりとした呼吸になり。。。呼吸が止まり。。。呼吸が止まってから約5分間心臓は活動していました





そして9時22分全ての戦いを終え父は安らかに安らかに眠る事が出来ました


父を亡くした悲しみと父が苦しまずに済むんだと言う安堵感が入り混じり複雑な心境でした


霊安室で手を合わせてくれた二人の看護師さんが一緒に泣いて下さってた事に少し驚きました

そういえば父とその看護師さんの掛け合いが面白かったなぁ

その晩25年近く振りに家族5人で枕を並べ皆で眠ることが出来ました、兄妹3人で遅くまで父との想い出を語り明かしました。。あんな事やこんなこと‥あの頃私達には理不尽だと思った厳しい躾も父にとっては道理のかなった正しい道だったのだろう。。。と今となっては笑って話せる最高の想い出です

父の武勇伝に笑ってはそこに眠る冷たくなった父に触れ堪らず涙する‥を朝方まで繰り返していました


お通夜も葬儀も無事に終えることが出来ました。。父の大好きだった『千の風になって』のように皆で笑って見送ってあげようと家族みんなで努めました。。父が生きていたなら喜んでくれるであろう見送り方が出来たと思います。。タキシードは我父ながら決まっていました^^:。戒名も生前自分で考えていたらしいです。。
父の遺品を沢山展示させてもらいました。ダイビングのシュノーケルやレギュレーターや水中銃、スキーの板やブーツ、一眼レフカメラや若かれしき日の写真などなど。。。父が生涯愛し誇りであった『朝日新聞』の手ぬぐいも忘れずに(闘病中も毎日頭に巻いていました)


闘病中最後まで諦めなっかた我が家へ帰る夢を念願かないやっと連れて帰ることが出来ました。。小さな小さな壷に収まってしまいましたけどね

そうそう亡くなる当日父が母に苦しさ紛れに言った最後の言葉。。騙したな…ですが、あれが最後だと悔やまれてしかたがないと思うのですが1週間程前にきちんと父は『お母さん、大好きだよ。。あの世で待ってるよ。。』
と母に伝えたそうです。(T T)

献身的に支えた母への最後のメッセージがあれだったなんて。。なんともお父さんらしいねって母と笑いました



お父さん

お疲れ様でした

私達を生んでくれて本当にありがとう。。。

                                  晴

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by gamushala | 2010-09-29 16:31 | my life

苦悩

~9月18日~

今日は姪っ子達の運動会に応援に行きました。。彼女らの晴れ舞台をしっかりカメラに収め父の元へ。。。

目がほとんど開いていないので見てもらえるかわからなかったけどパソコンの画面を見せると

『・・・が・‥まい‥』

『んっ!?』なんて言ったんだろうともう一度聞くと



『ピントが‥あまい‥』

まだ私の写真を酷評する父は健在です^^; 3枚くらいしか見れませんでしたが一瞬だけニコリとしてくれました



自分でなにも出来ず看護師さんに全てお世話になるのがとても辛いらしく 『情けない。。子供達に見せたくない。。2,3日見舞いに来なくていい。。』と言われました

少しでも父との時間を。。。

顔を出す事で気が紛れたら。。。

なんて思ったのは自分勝手な思い上がりだったのか

自尊心の強い父からしたら耐え難い苦痛だったかもしれません。。。



この小悪魔天使達の笑顔に励まされてきました
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~9月19日~

懲りずに行きます^^;


母が仕事を休んで一週間、あまり休むと申し訳ないから‥と夜は泊り込み早朝の2時半に病院から出勤し一仕事終え病院に帰ってくるようにしたそうです

父はずーーっと母に苦痛を訴えてきます。。やり場のない苦痛やもどかしさを訴えられるのは母だけなのでしょう。
未だに起きようとする父を宥めたり身もだえする身体をさすったりオムツを確認したり、父の言葉に全て耳を傾けたり。。。少し休憩‥と椅子に座った途端父がまた母を呼ぶ、の繰り返しが夜中の間もずっと続いているようです。。


母の疲労の顔が隠せません。。

主治医は家族の泊り込み反対ではないがあまり続くと家族が介護疲れしてしまう恐れがある事を危惧していたのですが、私も心配です。。



父の今日のつぶやき。。。『ながしまかずしげはすきになれん。。。』

なぜ今になって?^^;
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by gamushala | 2010-09-21 17:58 | my life

~be alive~

~9月16日~

腹水があまりにも苦しそうなで抜いてもらうことにしました

2時間仰向けの状態でじっとしておかないといけないのですが、苦しいのと痛いので もがくもがく…

微かな力で抵抗するので2人掛かりで押さえなくてないけません


2分おきに「まだ…?」と聞きます

やっとのこと1,3リットルの腹水を抜きお腹が少し小さくなりました。。しかし明日にはまた同じように溜まってしまうらしいです

『こんな大手術は初めてだ。。。これで癌も一緒に流れてくれたかね。。。?』冗談もまだ言えるようです^^;(本気で思っていたりして。。)

最近、父のか細い腕にごついダイバーズWatchが付けてありました。。母に何故付けているのか聞くと私は記憶にないのですが昔、兄が兄妹3人からと言って父にプレゼントしたらしいのです。。。

その時計を大事に大事に今でもしてくれていたとは。。。兄もたまにはニクイ事するなぁ

看護婦さんが重いから取ろうか?って聞くと大切な時計だから。。。と言っていたらしい。。泣けてきます


~9月17日~

2回目の腹水を抜きます

相変わらず抗戦してきます^^;あまりにも痛いようなので座薬を打ってもらいました。。
30分しないと効かないのですが今度は30秒度に『まだ。。?』と聞いてきます。。
終いは『騙したね。。。』と皆を悪人扱い^^;

本人は至って本気なのでしょうがなんだかおかしくなってきました

今回は2リットル、お腹も元通り、少しは楽になれたかな?


寝たきりになりまともに会話が出来なくなり明日は来ないかも。。。と思い続けて早一週間。。。

父はまだガンと戦っています。。。最後の最後まであきらめず戦い続けることでしょう

むしろそのほうが父らしいかな、病気に負け弱気な父では父の美学に反するわ。。。なんて大げさでしょうか^^;




父がポツリ    『ガンってたいへんだ。。。』



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by gamushala | 2010-09-16 18:00 | my life

朧げ。。。

~9月12日~

私達が顔を出しても会話がきついようで余り話さなくなりました

この日から意識が朦朧としてきた気がします

この期に及び弱弱しい声で主治医にいつ退院できるかと聞いていました


『体力が付いて歩けるようになって退院できますよ。。。』



母が、以来仕事を休み毎日泊り込みで看病しています。食べなくなって作ってあげれなくなった今、してあげれる事。。。それは



『いつでもそばにいて安心させてあげたい。。。』



~9月13日~

東京から大事な友人が駆けつけてくれました

私に『自分に会いに来てくれるお客さんはこれが最後か?』と聞いてきました

私はそれが寂しいのかと思い『これからも皆会いにくるよ』と励ましたつもりでした

すると父は『そうではない、お客さんが来るならしっかりと会わないといけないから。。。』と気をはっていて実はとてもきつかったのだ、とそのとき初めて気が付きました


友人がお見舞いに来て頂いて以降だんだん目は虚ろになりもう私達を見ても反応しません

昏蒙と覚醒を繰り返す意識が混濁した状態です

それと同時に不思議なことをつぶやく事が多くなりました

『ここはどこ?ここは石垣島?』

『精算を済ませて家に帰ろう。。。』

4日前まで自分の好きな写真家の風景写真をみせながら私にレクチャーしてくれた父の姿はもうありません



~9月14日~

北九州市から敬老の日にちなんで父に『ご長寿のお祝い』としてお祝い金をいただいたそうです。。

このご時勢なので本人に直接渡すのが原則だそうですが、事情を説明すると9月15日が授与日なのでもし14日23時59分までに亡くなったら返納しなければならないと言うのです、なんか釈然としない規定

母いわく「そこまでして頂かなくて結構!!!」と内心は思ったそうですが…しっかり15日には開封して有難く頂戴しておりました^^;

母が父の納棺を白い装束ではなく20年前に誂えて一度しか袖を通していないタキシードを着せて父らしいお別れにしたいと考えに皆異口同音し準備しました。。。

他人の前ではいつもスマートでモダンな紳士を装う父にはぴったりのフィナーレの衣装だと思います



~9月15日~

腹水が溜まり一日中苦しそう。。。




『そのカッターでお腹を切ってくれ。。。』





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by gamushala | 2010-09-14 19:03 | my life

 絆

~9月6日~

実家で父の昔の写真を掘り出してみていました


昔から写真が好きだったようでアングルやポーズにこだわった写真がたくさん出てきました

日活映画の石原裕次郎バリのポージングが多い。。。キッザだねー


しかし母はどことなく誇らしげに見えたのは私の気のせいでしょうか

40年前の夫婦の写真も出てきました

15歳も離れた年の差婚、射止めたくて必死だったんだろうなぁ



人に頭を下げるのが嫌いな父、母もごめん、ありがとう、は記憶にある限り聞いたことがないらしい

そんな父が最近は母に面と向かって『ありがとう。。』と言うようになりました

母は父に手紙を書いていました



『楽しいこと辛いこと苦しいことあったけど一緒になって私は本当に幸せです。。。』


固い夫婦の絆を再確認しあっています。。。



~9月9日~


昨晩一人でトイレに行けると過信して転倒してしまったようです

幸い激しい打撲はなかったものの肘は傷だらけ、、かなりショックだったらしく寝たきりになり苦しそうでした

看護師さんから呼ばれ尿がほとんど出なくなっているでおしっこを作り出す腎臓も機能しなくなっているとの事、




『覚悟されて下さい。。。』




9月10日

いよいよ個室に移されました。。。本人はもう抵抗しません^^;

今晩は母が泊り込みでそばにいることにしました。。父は微かにうれしそう。。。
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by gamushala | 2010-09-10 17:17 | my life

 軌 跡

父の最期となる『今、この瞬間(とき)』をこのBlogと言う場を借りて記録に残したいと思い綴らさせていただきます

一時は腫瘍マーカーの数値が下がったものの再び悪化し黄疸がひどくなり、食欲も体力もなくなり歩くことも困難になり。。。入院へ

『今月はもたないでしょう』
予想よりはるかに早い主治医からの余命0ヶ月宣告でした

もう戻ることのない我が家にまた戻ってくるつもりで入院した父を見送ったときは本当に胸が締め付けられる思いでした

母の意向で父にはこのことを伝えないままで行くと決めたようです

目に見えて日に日に弱っていく身体とは裏腹に父はいつも私達に明るい話をします

また皆でBBQをしたい、病院の中庭を借りて秋刀魚を焼いてもいいなぁ…と冗談を言ったり

今度免許の更新があるから運転しないでも身分証名の為にも更新に行っておいたほうがいいだろう。。。

またスープを作りたいからAプライスで鶏首の皮を買っておいて欲しい。。。

本当にこの人の終末は近いのだろうか?と混乱してしまうほど弱弱しい声ですが日常の会話をしたりします

そして父はとてもよく勉強をする人で医学書も読み癌についても徹底的に調べ上げていました、先生が来るたびに色々質問し先生も感心していとほどでした

そんな父が自分のいよいよ死に際を知らないはずがないんではないだろうか?と疑問に思えたりもします

主治医もお父さんはあれだけ学んでおられるからわかってらっしゃると思いますが。。。と言っていました

今現在肝臓がほとんど機能していない、ほぼ呼吸をしているだけでやっとの状態の中父を生かすものは普通の人にはない気力の強さのような気がしてなりません

母は今のうちにと父の姉妹や岡山に住んでいる盟友に連絡をし皆すぐ会いに来てくれました、方や父は連絡するのが早すぎる!!と怒っていました、まぁ父からしたら当然と言えば当然ですよね

最期は個室で看取りたいと思った母は空いたら移動をお願いしていたのですがそれに対しても父は大げさでお金がもったいない!!とまた激怒、自分の意思は一切曲げない人なので母は閉口していました。。

タフで弱音を吐かず誰にも頼らないしっかり者の母ですが毎日毎日看病に行って悪化していく父の姿を見るのが辛い。。。と流石に体力も精神的にも弱っています

一口でも食べて欲しいと毎日父が好きなご飯を作って持っていき、食べてくれると、今日はまだ生きてくれた。。。と心からホッとしています






心の準備はまだ出来ていません。。しかし癌が発覚して2ヶ月半、初めて父とこんなにたくさん会話をし向き合い、私を産んでくれた父として感謝をした時間はありません。。



こんな状態でもいつも小奇麗にしていて頭に巻くバンダナを母が黒を持ってきたらサムイが紺だからバンダナも紺でないとダメだって言うこだわりのお父さんが今は好きです


まだありがとうは言いたくないよ、お父さん。。。
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by gamushala | 2010-09-07 16:30 | my life
これだ。。。1 ・ 2 ・ 3
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オドロおどろしい猛獣のうなり声が聞こえドンタッカーの愛犬、狂犬ブルータス華々しく登場!!!。。。のはずでしたが、てこでも動かぬ勢いで尻込みつかれ全く思い通りには動いてくれませんでしたw

 終 了。。。。

昔一度リングデビューした時は恐いもの知らずでガンガン歩いていたのですが。。。やはり大人になり知恵をつけたのでしょう。人間の思い通りにさせてたまるか。。。っとw


狂犬ブルータスレギュラー出演の夢。。。儚く散りました。。。


お疲れさま。。blues 君

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by gamushala | 2010-09-01 15:49 | jazz&blues